2015年10月


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いつもの、ふらふら遊び癖が、本日は、ちょっと、薬が効きすぎた感がある。
今日は休みだからと、ばかも休み休みにしないと、ばかだ。



今朝は、シラス丼がもたらした、愛と打算のミニ劇場。
シラス丼のほうが、ちょっと辛めでも、ずっと染髮焗油清らかな愛が育めるかも。
意味不明だと思いますが、まあ、そういうことです。

昨日は、早々とお歳暮第一弾が届いた。
シラスと、梅干と、シラス専用の醤油とで、シラス丼セット。
で、さっそく、今朝は、シラス丼にしたが、わたしには、イマイチだった。
梅干も醤油も、多すぎたかも。

ということで、朝、5時に、シラス丼を食べたせいで、目がクキっと覚め、それから一日が始動した。
シラス丼が辛かったので、白いご飯も食べ、昨日の巻き寿司も食べ、胃の中は、炭水化物だらけ。
炭水化物は、即、エネルギーに転化で染髮焗油きるという、燃えやすい特質がある。

お腹も燃え、カラダも温まり、朝からエンジン快調になってしまった。
なので、ネット遊びをする時間が確保できた。
シラス効果だ。

そこで、ブログ散歩。
いつも、楽しく、時には声をips 整容あげて笑い、ブログを読んでいるが、コメントは滅多に入れない。
読み逃げだ。

「新幹線車内。
座席にズラズラ、金太郎飴スーツ姿の諸氏が、同じ顔で座っている。
それを見て通路を歩き進み、
最後列で、くるんと振り返ると、皆、揃いも揃って、グラビアアイドルの水着週刊誌を読んでいる図」

この図を想像するのは、けっこう、いけていたりする。
同じ顔のパンダがコマになっているオセロゲームを連想した。
お父さん方、あれこれ、お疲れなんですよね。
仕事や恋人や奥さん、なかなか思うようにならないし、
グラビアで息抜き、あたま、カラにしないと、やってられないんだろう。

上記のブログもそうだが、
わたしのブログも、あまりコメントが多いほうだとは言えない。
それはそれで、ブログのスタンスだ。
コメントを毎回、いっぱい欲しがるブロガーさんもおられるだろうが、わたしは、そうでもない。
かつては、あまりにもコメントがなかったので、どんな人に読んでいただいているのか、さっぱり実体がつかめす、
やきもきしたり、なんの手ごたえもない虚しさみたいなものも感じていた。
でも、今は、ある程度の読んでくださる方々の顔みたいなものがイメージできて、安定してる。

いちいち、「そうよね」「わかる、わかる」「あ、わたしも」と、ご同意いただかなくても、まったく平気。
(同意とは限らないけれど)
「ちがうやろ」「ありえん」「また、こんなアホなこと言ってる」「性格、悪いなあ」「臭う」
という声なき声もあるだろうけれど。

まあ、それはそれとして???



「人命を守る」側と、「あの世」側

お坊さんは、(職業 業務内容として)実に、羨ましい面がある。
それは、スタンバイは大変だろうが、亡くなHKUE 認可性ってから行けばいいからだ。
その点、医師は亡くならないようにスタンバイしなければいけない。
同じスタンバイでも、ちょっと性質が違う。
臨機応変に、最新医療で対応するのと、何百年も前から同じことをやっているのとでは、
緊張感が全く違う。
遺族も、医師を責めることはあるかも知れないが、お坊さんに文句を言う人はないのでは?
お坊さんは、心の安らぎを与える側の特別職なのだろうけれど。

交通機関の運転士や工事関係者、医療関係者など、
ちょっとしたことで人身事故、大事故につながる危険性と背中合わせに仕事をしている人に比べると
業務内容で、人命にかかわるような緊張感とは無縁。
(すでに亡くなってからの、お付き合いだから、人命云々については、責任と中醫しては、管轄外)


金額は、心を反映している??? Or not???

ちなみに
お布施は、家によって金額が違うようだ。
大きな節目の法要の時は、ぐんと価格がアップ。
全く同じことをするのだが、その回忌によって、価格で、遺族の気持ちの濃淡を表すのか????


お寺さんはじめ、こういう交流、お付き合いは、故人、遺族にとって大事なのだろうけれど。
(顔も知らない)随分前に亡くなった故人に、お寺さんを中心に、法要参加者が故人との交流を図る。
お供えも、いっぱい。

ご丁寧にお寺さんからお供、うちの家にとっては全く不必要な食品だった。
なんでもいただく私でも、さすがに、義母から、「持って帰る?」と言われたが辞退した。
義母の家も、あの食品群は不必要。
他からも、お供えいただいている食品群で、やたら高価で不必要なものがある。
まったく、合理的でない。
不必要な食品が、何万円分も。
このシステム、やり方、どう激光去斑にかならないの?

これが、お付き合い、交流なのか?

お寺さん以外にも、他の人々とも、お金やモノをやり取りする。
生きている人にとって不必要なものでも、故人には必要なのか???
かといって、故人が好きだったもの、とか、そんなものでは全くない。

それが、お付き合いの方法?



朝日が上がる7時までの時間を、彼女は、甲斐甲斐しく、わたし如新nuskin產品のサポートらしきものをしてくれている。
わたしの、ブログタイムは???
そわそわ???
もうだめだ、時間がない。

フランス語ラジオ講座をあきらめ(もとからアタマになんか入っていない、ただのBGM)、
教官に、告げる。
「ちょっと、わたし、ぱそぱそタイムね」

わたしがパソコンに向かって、しばらくして、
「お風呂からあがったら、言ってね」
そう言い残して、彼女は、ダイニングキッチンを離れた。

それから1時間ばかり、仮寝に移るとのことだ。
もう、すっかり日は上がり、あたりは明るくなっている。
かくして、わたしは、ブログタイムを確保した。
が、制限時間は、あとほんの少し。

老妻は、老婆となり、すっかり、牙も、義歯も、入れ歯も、差し歯も抜かれ、
うつろな目で、ぱしゃぱしゃ、カチカチと、無機質にキーを打つ。


さ、はやくしないと。
教官が、待ってるし。


清く正しい、教官のいる朝は、すがすがしく、
そして、もぞもぞ、ブログ菌に冒さ能量水れているわたしは、感謝しつつも、
さて、なにを綴ろうかと、考えている間に、タイムリミットを迎えた。

漫画目キラキラ、輝かせる余裕は、ない。怖い生活指導員、教官つきの生活が始まり、皆さんのブログをゆっくり読むヒマがない。
ざ、ざ、ざ、-っと読むのでは、せっかくの面白い内容が台無しになり、いかにも、もったいない。
でも、自分のブログを更新する時間が、背中に迫り、冷や汗、脂汗。

で、最後の妊婦検診に向かう時間が迫る、その残された貴重な短い時間で、
まったく関係ないことを書く。
(老妻シリーズ、もう止めたのか?)


パリになぜ、行きたいか?
-----パリに行くこと自体が目的だから。

パリになぜ、住みたいか?
------パリに住むこと自体が目的だから。

テニスをなぜしたいか?
------コートでステテキだから。
(わたし、テニス、しませんが)

○○をなぜしたいか?
-------○○をしている自分を夢見るから。
-------○○をしている自分がカッコイイから。

なんか、中身がない。
ミーハー的発想だ。
順番が逆だ。



が、塾や、サポートは、やはりお金の力によるところが大きい。
成績も、あるレベルのあたりでは、お金がモノを言うかも知れないが、
一定以上では、お金や背景、環境は、ぜんぜん、役に立ってくれない。
そのあたりが、面白いような、ざまあみろ、のような、潔さがある。
(わたしは、どうせので、気楽なものだ)

子供ながらに、子供同士、実力で勝負、という厳しさを味わったような気がする。
(かんたんに負けてるところは、良くないけれど)

すべての条件を整えられて、同じ条件にして、さあ、闘え!!と背中を押されると、
案外、キツイかも知れない。
自分のせいではない理由を見つけてきて、言い訳が出来ないから。


いじめられたことは、あんまり根に持ってなく、さほど苦にもしてなかったように思う。
今に見ていろ~、と力むわけでもなく、それをバネに強くなるわけでもなく。
わたしにとっては、イジメよりも、問題は別のところにあって、
淡々と自分の力というものを見せ付けられ、思い知るだけだったような。
そして、家の外のほうが、家庭内に比べたら、楽々な世界だと感じていた。
それに、状況が変わって学校で顔を合わせることがなくなると、自然消滅していた。

鈍感だっただけか?

なんか、だらだら、綴っただけの、メリハリのないものになってしまった。
時間限度、ここでいっぱい。
だらだらのまま、おしまいです。恋って、不思議。
むかし、むかし、大むかし・・・布施明という歌手が歌っていた。

「恋というものは・・・不思議なものなんだ・・・
・・・逢えばまた切なくて、逢えなけりゃ悲しくて、逢わずにいられない・・・」

 
そもそも、恋なんていう不安定な精神状態、これは、精神衛生上よろしくない。
しかし、芸術や、小説、映画、その他、これを主題に、メインテーマに多くの作品が描かれている。

ある人が言っていた。
「結婚して、すごく、ホっとしてるの。
これで、もう恋に振り回されなくて済むから」


わたしは、子供の頃、家で鏡に向かってメークをしている母に聞いた。

「ねえ、なんで、もう結婚してるのに、おかあさんは、お化粧するの?」

誰に教わったわけでもないのに、幼いわたしのアタマの構図では、
女性美アピールは、結婚するための、オスを捕獲する策略みたいなものだと考えていたのだろうか。
マセている? 冷めている?
あるいは、子供の頃から、人生に対して見えるものがあった?

その時、突拍子も無いことを言い出す、小さいわが子に、
母はなんと答えたか、覚えていないが、おそらくわたしを納得させる答えではなかったに違いない。

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