2015年09月



延命治療や、手術をしないのは、高齢になると、よく、そういうことを医師に勧められることがある。
私のごく身近な親戚も、数名がそうしていた。
世の中に、そんな勇気のある人は、いない、って・・・そんなことは、ないはず。

亡くなったひと水解蛋白をとやかく言うつもりなど、さらさらなく、ご冥福をお祈りするばかりだ。
だが、日頃は疎遠で、配偶者の兄弟にまかせっきり、
病気になってからも、ほとんど介護や医療費負担に関わってもいないのに、
口いっぱい、目いっぱい、自慢するだけ自慢するのは、
お義父さんを誇りに思われているのはよくわかり、結構なことだが、
当のご本人を知らないわたしとしては、複雑な心境になった。

なにも権威的な、大規模なお葬式や、送る会がいい、と、わたしは言ってない。
義理や権力で集う人ばかり、派手に人数を競うように、かき集めるより
本当に身内だけ、こころ通うひとmask house 面膜だけが、ささやかに執り行う家族葬でも、いいと思う。

家族だけが、身内だけが、知る、故人の良さや偉さは、自分たちのこころに生き続ければ、それだけで十分。
あえて、他人にアピールする必要はない。

世間を気にすることなく、こじんまり、身内でまとまりたい、
その一方で、誰の目から見てもわかるように、故人の偉さや力を他人に強調したい、
両方を同時に、というのは、双方、逆ベクトルだと思うので、無理な力が加わる。

身内自慢は、ほどほどに。

暖かくなってきた。
ひと足お先に、春気分・・・といきたいところだが・・・。


昨日は、別の先生の社交ダンス・レッスンを2コマ受けた。
生徒さんには、見覚えのある人が何人もおられ、
火曜日に別の先生のレッスンでお見かけした方々だ。

昨日は、はじめての先生で、はじめてのレッスンだったので、
いきなり途中から参加すると、なにがなんだかわからなかった。

わたし、けっこう、いい度胸しているなあ・・・と、冷や汗を通り越して、自分に拍手。
だって、あんなにわけわからなくて、皆さんのなかに、ぼーーんと、入って、
右も左もわからない、踊れない状態で、よく恥ずかしくないものだ・・・と自分で感心。

ささっと、ごくごくシンプルに、踊り方や注意点を教わったあと、
ひとりずつパートナーを替 米糠油えて踊って行くのだが、先生と踊る順番が来ると
さすがのわたしも、どきどき。
こんなヘンなヤツが紛れ込んできているよ、まいったなぁ・・・と先生は思うだろう・・・
だから、先に「わたし、今日が、はじめてです」と、言っておいた。

へろへろになりながら、顔は、にやにや、(いつもわたしは、究極の困り顔は、にやけ顔)、
どうにか踊ったが、先生に
「踊れていますね。あとは、自分取って踊ってください」
と、なぐさめられた。
最初からあまりキツイことを言うと、生徒に逃げられても敵わない、
という算段が先生のアタマをよぎったのかも知れない。

先生が他の生徒さんと踊っておられるのを見ると、踊った後に、親指を上に立てるだけ、
という人がいたり、ちゃんと踊れている人には、コメントはないようだ。


それにしても、先生、お上手・・・
いろんなタイプのダンサーがいるようだ。
プロでも、いろいろ。


そのうち、忘れてしまうかも知れないが、今度はちょっと本気っぽい。

やり直すには、今までの分を製本しようと思っている。
それが、めんどうだ。
で、腰が重い。

gooさん、厳しい状況はわかるが、有料はないんじゃないかと?
多くのブロガーさんたちが、それをキッカケとして離れていくのでは?

無料で使わせてい口服 避孕 藥ただいて、文句は言えない身であるが人の似たような年齢の人がいる。
Aさんと、Bさん。
推定年齢は73歳ぐらいかと想像する。
お二人とも、年金をもらっておられる世代。

二人の共通するところは、趣味が同じ。
そして、健康であるということ。
共通しないところは、金回り。自由にできるお金の額。

Aさんは、年金以外に、多額のキャッシュと、毎月定期的に入る、なんらかの不労収入。
さらに原資を元に利回り追求型の投資や、そのリターン、配当を享受。
Bさんは、年金一本やり。(想像です)

お金回りの違いは、細かい行動に現れる。
まず、移動。
Aさんは、どんなところへ化妝課程もタクシー。
Bさんは、自転車。
(二人とも、遠いところは、電車)

お次は、食事。
Aさんは、ホテルの豪華ランチやディナー、
ほんのちょっとした時間待ちも、ホテルのコーヒー(1200円ぐらいする)。
Bさんは、移動途中、電車のホームで、スーパーで買ってきた5個入りミニ?アンパンをパクパク。
お茶は、ペットボトルに水道水。非常食に、飴と、みかん。

そして、
習い事や健康維持にかける費用も、違いが、くっきり、はっきり。
Aさんは、社交ダンスの個人レッスンと団体レッスンを受けておられる。
個人レッスンは、先生を適材適所、習得度合いに合う先生に変え、週に1~2回、レッスンを受ける。
(個人レッスンの費用は、ばか菲傭高いが、これは、ダンス業界が衰退する悪の根源であると私は思っている)
都心ホテ会員でもあり、優雅に汗を流す。(高額)
Bさんは、1ヶ月定額(低額)で利用できる、地元ホールの常連さん。
基礎トレーニングをはじめ、自主練に励んでおられる。

さらに、
身につけるもの、いわゆる、身なり。
Aさんは、見るからに高そうな時計や貴金属を身にまとい、
いつも、誰が見てもわかる品質の良いものをさらっと着ておられる。付加価値いっぱい。
Bさんは、大き目のリュックを背負い、ウォーキングシューズ。
健脚。フットワークの軽さが現れる服装。
ただし、いつも同じ(に見える)服。機能性重視。


???お二方、1ヶ月に使う金額は、いったいどれぐらい違うのだろう?



最近、なんだか、見えなくてもいいものが見えるようになって(死後の世界や幽霊じゃありません)
いいような、悪いような。
どうせなにも出来ない非力品牌維護管理なわたしなら、いっそ、見えないほうが楽。
見えているのに、なにもできない自分を認識するのは、結構辛い。
でも、それでもいいんじゃない?と認めるようにしよう、と、つい昨日あたりから思いはじめた。
何年も前から延々と、ブログに書いているではないの、とご指摘を受けそうだが、
書いても、本人は忘れるんです。
なにしろ、わたしにとっては、ブログは念仏、祈りなので、毎日祈っていてもいいのだ。昨日の記事、Aさんご本人がご覧になっていたら、気分を害されたかも。
まず、「知人」という表現。
「友人」としたかったのだが、彼女がそう感じていないと困るので、無難な線で「知人」にした。

お互いの家も行き来したことがあるし、ご家族にも何度かお会いしたことがある。
なので、知人ではなく、わたしにとって品牌維護與管理は友人なのだが。
スパンが、おそろしく長い。
彼女は、勉強と仕事と家事で忙しいし、わたしもなにかと多忙なので、お会いするのは数年に1回。
近況は、年賀状。
電話もメールもほとんどしない。

わたしは、それで十分満足。
とてもコアな関係だと思っている。

べらべら長々としゃべるのは、会っているときだけ。
数年分を一気にしゃべる。
ずっとずっと、何回も何回も頻繁に会ったとしても、そう変らないと思う。
たとえ毎日、いっしょしても。

10時間ドキュメントの録画を30分に編集した關鍵詞研究ようなものか。

いつお会いしても元気で明るい彼女には、エネルギーやビタミンをいただいている。
「会ってないときは、元気じゃないのよ」などとおっしゃるが、
メリハリも大事だ。
応援するほうは、全然頑張らなくて良いので、楽々、さぼりっぱなし。
こうやって、年を重ねる、ストレスフリーのわたしだ。

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