同窓会には、わたしのような人も何人か参加していた。
社会では、まったく認められていないけれど、自分が好きでしている仕事や、活動を熱く語っていた。
社会からは、評価されていないが、自己満足の世界である。
あの人、自分では気づいていないけれど、わた黃斑病變症狀しと同じ穴の狢(むじな)だと思った。
わたしには、痛く感じられた。
当然、そんな失礼なことは、ご本人には言わないが。
ひょっとして、こころの中で思っ能量水ている人もいるかも知れない。
「で、それでギャラは、いったいいくらなの?」


あの時、社長令嬢たちと、女子力コースに行っていても、結局、またどこかで同じような道を進んでいるように思う。
というか、人生のある根幹部分で、女子力能量水コースを選んでしまっている。
わたしは、時代としては最後の「女子コース優遇枠」かも知れない。
時代の先端ならぬ、最後方である。
今の女性たちには、自分の方法は通じない。
189-1410061S044


わたしは、相当、甘い。
甘くて甘くて、恥ずかしい。


あと数年すると、同級生たちも、リタイアするだろう。
天下りや、再就職した人は別として、それ以外の人は、肩書きは、ナシ。
学力コースを降り、卒業することになるのだろうけれど、現役の仕事内容によって、
リタイア後の生活に差が出てくる。
大手企業に勤めていた人や、そうでない人など、退職金や、貯蓄額に違いがあることだろう。
肩書きはリセットされても、過去の実績が、老後の暮らしに大いに影響があるように思う。

頑張っていたのに、倒産したり、リストラされたりした人もいるだろうから、一概に言えないが。

・・・で・・・
自分に関して言えば、
レースから降りて、もとの田舎回帰に向かうのではないかと、今後を予測している。
ただし、配偶者を引き連れて、故郷にUターンなんてことは、絶対にない。

もっともっと80歳を軽く越える頃になると、また展望は変わっていると予想している。
その頃は、遠くから孫子の成長を楽しみにしつつ、
コンパクトで合理的で快適な空間で、ひっそり、ちんまり暮らしていることだろう。